【読書レビュー】西畠清順著「教えてくれたのは、植物でした」【要約】&【感想】

著者は、明治元年から150年以上続いている、花と植木の卸問屋「株式会社 花宇」の5代目になります。

日本全国、世界中を旅しながら、植物の収集、生産する仕事をしているそうです。

 

著者は、私たちが日常生活の中で使っている言葉や言い回しには、実は、植物から得たものがたくさんあるといいます。

 

「念ずれは花ひらく」という言葉は、強い思いを持って行動していれば、いつか夢が叶うという意味で使われています。

ですが、著者はそうではなく、「夢をかなえるためのスタートラインに立てるということ」に気がついたそうです。

 

植物にとっては、実こそがゴールであり、花はスタートの合図なのです。

実際に日本では、古くから、花が咲くということは、何か物事が始まる前兆ととらえられてきたそうです。

 

花は始まりの象徴です。

自分の人生を豊かにするために、ちょっとでも植物のことを知ってみよう」と思ったら、何かが始まるかもしれません。

 

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「雑草のように強く生きる」という言葉をよく聞いたことはないでしょうか?

 

この言葉に使われている「雑草」というのは、実際どのような植物を指すのでしょうか?

実は、「雑草」というのは特定の植物の名前ではないのです。

 

草本にはそれぞれ名前があるのです。

「雑草」というのは、勝手に人間がつけた呼び方なのです。

 

雑草というのは、農耕地などに人間の意図に反して侵入して育っている草を指して呼ばれています。

著者は、これは植物に対して大変失礼な言葉ではないかといいます。

 

植物に造詣が深かった昭和天皇

「どんな植物でも、みな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方でこれを雑草ときめつけてしまうのはいけない。注意するように。」

とのお言葉もあるそうです。

 

「花を美しいと思えるかどうかは、およそ自分の心次第なんだ。

美しいものをちゃんと美しいと思えることは、自分の心が豊かで幸せな証拠だと思う。」

 

これは、著者が、秘境イエメンのソコトラ島で「砂漠のバラ」に出会った夜、思い浮かんできた言葉だそうです。

 

砂漠に咲く1輪の花を「美しい」と感嘆している自分は、本当に恵まれているのだなと気が付いたそうです。

 

花を愛でることができるということは、心が健全で豊かであるという何よりの証明であるといいます。

 

著者は、今の時代はものが溢れすぎていて、何が「豊か」なことなのかを見失いがちだというのです。

 

みなさんも、道に咲いている季節の花を見かけることがあれば、一度立ち止まって、ゆっくり見てみてはいかがでしょうか?

 

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